Infinity

日々の雑感をそのつど綴っていこうと思います。

一切喰う,もとい 一切空

中沢:修行者だって,山の中に籠もってやっているうちはいくらでもできるんですよ。人間のこころというのは面白いもので,とことんまでいけるんですね。いちばん問題なのは,やはり戻ってきたときなんです。

河合:森の中ではすごく素晴らしい人でも,降りてきてガタガタということもあるんじゃないですか。

中沢:ほとんどそうじゃないですか。それが怖いから,みんなお寺に籠もっているわけです。(略)本当に大変なのは,日常の暮らしの中で,自分が体験したものと全体性を持って生きることができるかどうかということなんです。それが怖い人は,お寺に籠もっているほうがいいと。

これは河合隼雄・中沢新一の「ブッダの夢」という本に載っている対話の一部で,この本は結構中身が難解なところもあるが,ここの行(くだり)を読んで,なるほど!と胸のつっかえがとれたような気がした。日本の坊主は大丈夫か?と他人事ながら。。。


京都嵐山の天竜寺元管長・(故)平田晴耕老師は「一切は空」という著書の中で,ご自身の修行時代,4回ほど愛宕山の庵で七晩八日,水のみで坐禅したときの経験を次のように述べられている。

「そのときに,私は,本当に自分の体全体が水晶のようになってしまった経験があります。八面玲瓏という禅の言葉がありますが,まさに自分の肉体というものがガラス玉か水晶のように透きとおってしまいます。
 そのときは大変うれしい。「これが般若心経でいう空の世界である」とこう思ったものです。しかしそういうものは,山を降りてくると,どこかへ飛んでいってしまう。日常生活にもどってくると,そういう空の世界などというものは,極めて現実離れした抽象的な世界にしかすぎないということを,改めて見直されました。」

先ほどの中沢氏の文脈からすれば,「空」の世界に沈んでそこに落ち着いていたい人は寺に籠もるということか。。。

平田老師は,それは禅でもっとも戒める,禅の病「空病」だと指摘される。


    日常生活こそが大いなる修行の場ということか。


長谷寺
長谷寺の紫陽花
[ 2013/07/17 19:16 ] 日常雑感 | TB(0) | CM(0)
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こんにちは,KENZOUです。日常の思いついたことやいろいろなことを写真と共に綴っていこうと思います。また、理系に興味のある方は「楽しい物理ノート」を公開していますので、そちらの方も覗いてみてください。

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