Infinity

日々の雑感をそのつど綴っていこうと思います。

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心の在り処

 心はどこにあるのだろうか?という素朴な疑問は昔からあり、その答えとしていろいろな説があったらしい。『バビロニアでは肝臓にあるとする説があり、ヒポクラテスは心は脳にあるとし、プラトンは脳と脊髄にこころが宿っていると考えた。アリストテレスは心臓にそれを求め、その考えは中世に至るまで人々に影響を与えた。』(Wikpediaより引用)
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 現代では科学の進歩により、脳のどの部分が興奮するとどういう感情が現われるかということが相当詳しく解明されており、また喜怒哀楽などのいろいろな感情は神経細胞が放出するアセチルコリンなどの神経伝達物質やアドレナリンなどの脳ホルモンと呼ばれる化学物質により支配されているとされる。。。なるほどこうなると心の在り処(ありか)はやはり“脳”かということになるが、簡単にそうともいえない状況があるらしい。

 脳で作られるいろいろな神経伝達物質やホルモンのいくつかは何と心臓やその他の臓器でも作られているとのことだ。たとえば血圧の調節をする心房性ナトリューム利尿ペプチドというホルモンは心臓で合成・分泌されているし、血糖値を下げるインクレチンというホルモンは小腸で合成・分泌されているとのことである。

 人間の体のSafty Guardシステムには全く感銘するほか無いが、脳に感情が宿っているという考えからすれば、心臓や胃・腸などにも脳と同じく感情が宿り、『何かを考えている』のかも知れない。そうなると心の在り処はいずこに? 体全体に拡がっているということだろうか!?(←そういえば「腹の虫が治まらん」という言葉をよく耳にするが。。。)

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[ 2011/09/30 16:33 ] 日常雑感 | TB(0) | CM(0)

京都新聞コラム

タレント・島田伸助は裏社会との関係が明るみにでて芸能界の引退を発表した。突然の引退会見は釈然としないものがあったが、その背景のいろいろなことが週刊誌に書かれている。伸助は視聴率を稼げるタレントとしてTV界で引っ張りだこだったそうだが、小生は、彼が司会する番組はどうも“棘”が多いというか、素直に楽しめない気分になるので最近は殆ど見ていない。そして今回の引退。。。さもありなんという気になった。なぜ、そのような気になったか、自分なりにいろいろ思う節はあったが、今日の京都新聞・視点2011『島田伸助氏と現代の空気』というコラムを読んで成る程と納得。
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北海道大学准教授・中島岳志氏によれば---彼は同じ価値観を共有し、純粋で熱い心で結ばれた絆関係を重視する。そしてその共同性(絆)に加わる条件は「私(島田氏のこと)を大好きであること」だという。しかし、一方で、島田氏は自らの価値観と相いれない人間に対しては、冷徹で厳しい態度を貫く。彼は「ほとんどの人間は別にいなくてもいい人間です」と言い、「頭の悪いヤツの話は無駄な時間ですから、退却です」とバッサリ切り捨てる。このような価値観を共有しない人間への排他的側面が、吉本興業の女性社員への暴行事件につながっているのだろう。島田氏の独特の“絆”を中心とする共同幻想は、分かちえない他者への暴力的排除と表裏一体のものである。さらに、彼の価値観は格差社会を肯定し、「資本主義だから格差が生まれるのは当然」と公言し、また、「フリーターがいるから雇用する側は人件費が安くすむ。低賃金で保険の費用もかからないフリーターがいてくれて助かっている」と言う。島田氏の発想は、どこまでも「勝ち組」の論理。現代に必要とされるコミュニティーとは、彼が抱きしめる自己中心的な「感動の共同体」、つまり自己の価値観に従順な閉鎖的関係ではなく、異なる他者を包摂する「開かれた共同体」である、と明快に論じられる。
そして、問うべきは、島田氏のプライベートの詮索ではなく、島田氏のTV番組が高い視聴率を稼いできた現代の「空気」こそ、問い直さなければならない、と締めくくられている。このコラムを一読、久しぶりにスッキリした気分になる。

[ 2011/09/20 18:45 ] 日常雑感 | TB(0) | CM(0)

ギターの練習(20)

クラシックギターの基礎から習い始めて5ヶ月と半ば、まさに地味な練習が延々と続く。。。(汗;) YAMAHAギター教室に通っていた頃はいろいろな曲の演奏が中心で、これはこれで楽しかったが、クラシックギターの奏法という点には力点がなかった。いまは右手の奏法としてアポヤンドにトレモロ、それと簡単なアルペジオ、左手は左指の押弦の仕方を中心とした練習が続き、演奏曲としてはロマンス(禁じられた遊び)と格闘といったところ。
アポヤンドの譜面は単純なものだが、なかなかどうしてa(薬指)、m(中指)、i(人差し指)の指がうまく弦を弾かない。「指で弾くのではなく腕で弾くようにしてください」といわれて最初の頃は??と戸惑ったが、最近やっと先生に『出来てきましたねぇ~』といわれるようになってきた。しかし、まだまだ油断はできない。。。 右指の弾弦の仕方も右腕の置き方にポイントがあり、手首と表面板の間に握りこぶし一つが入るようにすると指が弦に対して直角に弾弦できるようになり、大きな音量がでる。確かに音量の違いに吃驚。トレモロも速く弾こうとすると弦を擦(こす)るような音が混ざるが、これはダメ。『指が弦の弾性に負けて流れてしまっているんですね。指を弦に直角に弾弦し、一音一音はっきり弾くように練習してください』とご教示を受ける。握りこぶし一つのスペースも疲れてくると間隔が狭くなってくる。。。正しい“癖”がつくまで結構時間がかかるものだ。
<アポヤンドの譜面>             <右指の弾弦>
図1

また、左指はローポジションでフレットを押さえると右の写真のようにどうしても開きがちになってしまうが、これはダメ、速い曲を弾く場合、どうしても動作が緩慢になってしまうとのことだ。う~ん、なかなかむつかしい。。。!
<○>                      <×>
図3

正しいポジショニングは人差し指から小指まで指板とほぼ等距離の位置にポジショニングする。また、各指の押弦の仕方は人指し指は親指側の部分で、小指は外側の部分で押さえるというのが正く、『車の両輪は少し内側に傾いていますが、そのような形をイメージすればいいですね』とのことだ。
図2

車の両輪のような押弦の仕方は慣れるまで結構しんどいので、意識しないとどうしても易きに流れてしまう(写真右)。しかし、このしんどさも『練習を重ねる事で自然にできるようになります』と先生のご託言。
<○>                      <×>
図4

さて、単調な練習に少し嫌気がさし、練習もさぼり気味の期間もあったが、ここ最近、あまり意識しなくてもなんとか正しい“癖”が付いてきて、練習がまた楽しくなってきた。次はセーハの攻略に果敢に挑戦していかねば。。。
以前、GripMasterで指の筋力を強化していこうということにTryしたが、これはあまり効果がなさそうだ、少なくとも自分にとっては。ギターの指の動きは微妙で単に屈筋だけの強化は努力の割にはreturnが??といったところだ。やはり譜面練習で指の動きを鍛えていくのが正道かな。。。
図5
[ 2011/09/14 17:57 ] 日常雑感 | TB(0) | CM(0)

こころの処方箋

 最近、ユング心理学で著名な河合隼雄さんの本が面白く、いろいろ読み漁っているが、長年の豊富な臨床経験からでてくる言葉は、成る程~!と目から鱗が落ちる。

 能率・効率主義が幅を利かせる今の世の中、そこに生きるわれわれはともすればイライラに見舞われやすいものだが、河合隼雄著『こころの処方箋』という文庫本には “イライラは見通しのなさ” から起こるとその本質を明瞭に暴かれている。。。
 イライラはそのわけがわかっているようで、その実、本質がわかっていないときが多い(←わけが分かっていればコントロールのしようもある)。イライラは落ち着きを無くさせ、それを相手にぶっつけないとたまらないような性格をもっている。ところで、このような性格を持つイライラの本質は...? それは、『自分の何か-多くの場合、何らかの欠点にかかわること-を見出すのを防ぐために、相手に対する攻撃として出てくることが多い』と喝破される。つまり、イライラは見通しの無いところに生じるというわけだ。
IMG_110909スケッチ 
 ある奥さんが、それまではものの言い方が少し遅いなと感じるくらいだった自分の夫の話しぶりに、最近はもっとビシッとすればいいのに、何となくしまりが無いのにイライラしてきて、夫が話し始めると「もっと早く」とか「はっきりと」とか言いたくなって仕方がないと河合先生に相談に来られた。そこで話し合っているうちに。。。ふと自分自身が是非やらねばならない仕事をのばしのばしてきていることに気づき、自分がなすべき仕事に「遅れをとっている」ことが、夫の話の遅さと妙な引っかかりを作ったということに気づかれる。眼を自分の内に向けられたわけだ。あっ!イライラの原因はコレかということに思い当たり、それから自分の仕事をはじめると今までイライラのもとだった夫の話し方は、時には腹の立つときもあるが、それまでのようにやたらイライラすることはなくなった。。。ということである。

 また、説教についての章では、説教はえてして長引き勝ちとなるが、いったいこれはどうしてだろう?という、普段われわれ頭に浮かんではすぐに消えるこのような疑問について、、、
 『説教で語られる話が、何といっても「よい」話には違いない。平素の自分の行為は棚上げにしておいて、「よいこと」を話していると、いかにも自分が素晴らしい人間であるかのような錯覚も起こり、話をしている本人が自己陶酔するので長くなるようである。その上、説教をしながら、なんとなく自分の言っていることが相手の心に届いてはいない、効果をあげていない、ということがうすうす感じられてくるので、どうしても同じことを繰り返したり、だめ押しをしたくなったりして、長くなるのである。 
ところで、説教は、言う内容としては自分ながら感心したくなるようなことを言うわけだし、精神衛生という点からみて、なかなか効果の上がる方法である。時には息抜きに説教をやらして頂いている、と思いつつするのがいいところだろう。また、説教を聞かされる方も説教をいやいや聞くのではなく、説教している人の精神衛生のために御協力しているのだと思えば、少し暖かい気持ちで聞けるのではないだろうか。』← まさに目から鱗の卓見!
IMG_110909蜂
[ 2011/09/09 14:56 ] 日常雑感 | TB(0) | CM(0)
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KENZOU

Author:KENZOU
こんにちは,KENZOUです。日常の思いついたことやいろいろなことを写真と共に綴っていこうと思います。また、理系に興味のある方は「楽しい物理ノート」を公開していますので、そちらの方も覗いてみてください。

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